VOICE

「木立(こだち)の家」で実現した、つながり合いながら居場所がある暮らし

CREATOR’S VOICE

サロンアーキテクツ&株式会社アットライズ

団地暮らしをもっと心地よい空間にするには?そんな課題に取り組むため、大阪府住宅供給公社では「令和5年度公社鴨谷台団地住戸改善事業 事業提案競技」(以下、コンペ)を実施しました。最優秀作品に選定された、設計者のサロンアーキテクツと施工業者の株式会社アットライズの皆さまに、この事業を振り返っていろいろなお話を伺いました。

左から、小畑氏、田中氏、内海氏、木庭氏、仁賀氏

インタビュイー:サロンアーキテクツ(小畑奈智氏、田中翔太氏、仁賀亮太氏)、株式会社アットライズ(内海義潔氏、木庭千夏氏)

「鴨谷台団地」をリノベーション(以下、リノベ)するにあたって、団地の印象をどんな風に捉えましたか?

小畑氏
私自身が鴨谷台団地のある南大阪エリアに住んでいるので、団地周辺の環境もイメージしやすかったです。団地の近くには大きな公園があり、泉北高速鉄道「光明池」駅まで徒歩約10〜12分。なんばなど大阪市内へのアクセスも良く、自然が多い環境は魅力ですよね。このリノベ住戸への入居が、地域や暮らしを気に入り、長く住んでもらうきっかけとなればいいなと思いました。また、今回の応募条件にもあったとおり、若年単身、若年夫婦、若年子育て世帯をターゲットとするプランを考えました。新しく若い世帯を呼び込むことで、団地を活気づけ、地域に貢献することが、リノベの役割だと思います。

「木立の家」は、木の壁が大きな特徴かと思います。どのようなイメージで設計されたのでしょうか?

田中氏
森の中に木々が立っていて、その脇で休んでいるというイメージからコンセプトを考えました。何もないがらんとした場所にいるよりも、ベンチや木々があるほうが安心できると思うんです。ちなみに「木立の家」というネーミングは、チャットGPTも活用しながら、100個の案の中から3人で話し合って決めました(笑)
小畑氏
風の流れを遮らないよう木立の壁を設けることで、自然光を取り入れてプライバシーも守りながら空間を広く感じることができます。木立の壁は空間を仕切るだけではなく、壁の表裏で居場所を生む役割があります。

Aタイプ リビングから見る木立の壁

田中氏
団地の間取りは一般的に「田の字型」と呼ばれ、真ん中に壁を設けて部屋を分けるので、プライバシーは守られますが、部屋同士の関係が区切られてしまいます。今の時代に合わせて家族やパートナーなど、「住む人同士がつながり合いながら、それぞれの居場所がある」ということを、いつも意識して設計しています。

小畑氏
2面に窓がある団地の良さを活かしながら、自然光を存分に部屋に取り込むことができるようにしています。また、木立の壁は2面に抜ける風の流れの向きに設けることで、エアコン1台でも快適な空調環境となり、空調の効きにくいところはウォークインクローゼットにしました。

Aタイプ(1LDK+WICタイプ)のリノベにおいて、ポイントはどんなところでしょうか?

小畑氏
Aタイプは最小限にしか区切っていないので、玄関も、リビングも、寝室も、ウォークインクローゼットも、全部の部屋が広くリッチなプランです。寝室は廊下も兼ねていたり、リビングの境目が曖昧であったり、少しずつ重なり合いながら部屋があるので、同じ専有面積でも広く感じられるのが、ポイントかなと思います。

Aタイプ 間取図

田中氏
ワンルームのようなプランなので、シンプルになりすぎないようにしました。広々した部屋ですが、木立の壁に寄り添ってベンチやテーブルがあったり、いろんな居場所があるように考えました。

田の字型の団地も、明るく開放的な間取りに変わっていますね。Bタイプ(2LDK+WICタイプ)についても教えてください。

小畑氏
Bタイプは、2LDKという応募条件だったので、木立の壁の高さを低く抑えることで、空調や通風を遮らずに、個室スぺースを確保できるよう心掛けました。カーテンなど緩いもので仕切ることで、光や風を通しながら、なんとなくつながっているけど、なんとなく分かれている空間をつくりました。リビング裏の小さな寝室も、完全に区切ってしまうと圧迫感がありますが、窓に面して配置したり、抜けのある空間とすることで、狭くても開放感がある場所になるよう考えました。

Bタイプ 間取図

広々とした空間が魅力的に感じますが、取り入れた工夫はありますか?

田中氏
床材のクッションフロアを、異なる柄で貼り分けることで、ゆるやかに場所を定義しました。仕切りが少ない分、貼り分けが使い方を想定するガイドの役割にもなります。
仁賀氏
家事や移動の動線となる場所はモルタル調、くつろぐ場所は木目調、と位置づけしました。また、床の貼り分けと木立の壁を少しずらすことによって、空間の境目が曖昧になってより広がりを持つようになります。曖昧さを持たせることで、住む人次第で自由に考えて使えるようにしました。

Bタイプ リビング(手前)とダイニング(中央)・キッチン(右奥)の床の貼り分け

サロンアーキテクツさんは3人で共同設計されていますが、役割分担などはありますか?

仁賀氏
それぞれが案を持ち寄って、いいところを組み合わせながら考えています。課題点を見出すことについても、それぞれの考えてきた課題を3人で話し合い、一番大きな問題に焦点を当てていくというように進めています。3人だと多数決をするにも、話し合うにも、アイデアを出しやすい関係性かなと思います。
田中氏
3人とも経験してきたことが違う分、視点も違うので、共感したり刺激を受けたりすることもよくあります。

3人の意見がまとまらない時もあるのですか?

田中氏
大枠は話し合ううちに腑に落ちることが多いですが、細かい部分は意見がまとまらないこともあります(笑)
小畑氏
今回の鴨谷台団地のプランでも、木立の壁の位置をずらすのか、通すのか、高さはどのくらいかとか、感覚的なことは正解がないので、何度も話し合いました。

今回、施工はアットライズさんが担当されています。チームを組まれたきっかけや現場での作業などはどのように進んでいったのでしょうか?

木庭氏
もともと田中さんと別の仕事で繋がっていたことがきっかけで、「施工をお願いできませんか?」とお声がけいただきました。
内海氏
僕たちの会社は9年目ですが、実績をつくって仕事の幅を広げたいと思っていたところなので、ありがたい案件だと思いました。現場が始まってからも、予算や工期の面で、サロンアーキテクツさんが、気にかけてくださったり、柔軟に対応してくださり、とても助かりました。

実際に工事が始まった中で、鴨谷台団地の印象はいかがでしたか?

内海氏
私は暑くじめじめした京都出身なので、鴨谷台団地は乾いた風が通るなという印象でした。夏場から解体工事に入ったのですが、窓を開けると思ったよりも涼しかったですね。エアコンの設置台数に制限がありますが、この団地ならば住み心地がよさそうだなと感じました。
木庭氏
朝と夕方で光の入り方が違うんですよね。1日いても飽きないですし、季節感を楽しめる部屋だと思いました。

工事を通して、印象に残っていることはありますか?

内海氏
サロンアーキテクツさんと大阪府住宅供給公社さんとは、週一回、定例会議を行っているのですが、とても和やかな現場に感じました。本当に和気あいあいといいますか(笑)。施主が来ると現場の職人たちはどうしてもピリピリしがちですが、この現場ではそれがあまりなく、さまざまな意見交換ができましたよね。
小畑氏
アットライズさんから提案していただくこともあり、皆さんで、ああしたらいいよね、とかこうしたらいいよねとかこだわり合ってできたかなと思います。

客観的に見て、対等に意見や問題点を言い合って、工事が円滑に進んでいるなと思いました。今日の取材を通しても、和やかな現場だったことが伝わってきます。最後に、今回の感想をお願いします。

田中氏
大阪府住宅供給公社さんが実施しているコンペは、事務所を独立する前から知っていて、住宅という規模で実績をつくれるこのコンペは若手の建築家にとって目標の一つで、実は過去にチャレンジしたことがありました。過去の選定事例を拝見しましたが、本当に個性が強く出ていました。一般的なリノベーションのプランは似かよってしまいがちだけれど、このコンペでは新しい発見が得られました。そのくらいモチベーション高く、若手の建築家の皆さんも挑んでいるのだと思います。一番のハードルはコンペに並走してくれる工務店さんを見つけることでした。そんななかで、アットライズさんとの出会いは本当に大きかったですね。
仁賀氏
若いメンバーが集って作れる場はありがたく、いい機会だなと思います。若手の建築家が実績をつくれるコンペが少ないので、ぜひ今後も続けてほしいです!
小畑氏
賃貸住宅は万人受けするプランにすべき、という枠にはまらず、新しいアイデアを取り入れていこうという考えに共感しました。築50年ほど経ち、ライフスタイルが変わっているのに、部屋のプランが変わっていかないと入居率も上がっていかないと考えています。3DKとか2LDKとかで括れないような間取りがあってもいいと思います。これからもリノベーションを通して、間取りのバリエーションが増えたらいいなと思います。

プロフィール

サロンアーキテクツ
代表者:小畑 奈智
HP:https://salonarchitects.jp
Instagram:https://www.instagram.com/salonarchitects


小畑 奈智 Nachi Obata
一級建築士
1987年和歌山県生まれ
2013年京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 建築設計学専攻 修了
2013年株式会社アール・アイ・エー
2017年阿曽芙実建築設計事務所
2020年サロンアーキテクツ 設立
田中 翔太 Syota Tanaka
一級建築士
1988年兵庫県生まれ
2011年Hochschule für Technik Stuttgart
2014年京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 建築設計学専攻 修了
2014年清水建設株式会社
2020年サロンアーキテクツ
2021年東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 修了
2021年株式会社日建設計
仁賀 亮太 Ryota Niga
一級建築士

1988年兵庫県生まれ
2013年Ecole national architects de versailles
2014年京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 建築設計学専攻 修了
2014年株式会社安井建築設計事務所
2020年サロンアーキテクツ


株式会社アットライズ
代表取締役:内海 義潔
HP:https://a-riz.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/a.riz_kyoto


内海 義潔 Tomoyuki Utsumi
一級建築士/一級建築施工管理技士
1978年京都府生まれ
1997年京都市立伏見工業高等学校 建築学科 修了
1997年デザインアート入社
2015年株式会社アットライズ設立
木庭 千夏 Chinatsu Koba
1997年熊本県生まれ
2018年京都建築大学校 建築科  修了
2018年UTコンストラクション株式会社
2022年株式会社アットライズ