「木立(こだち)の家」で実現した、つながり合いながら居場所がある暮らし
株式会社Yamamura SanzLavina Architecs
茶山台B団地住戸改善事業提案競技(コンペ)に応募されたきっかけは何でしょうか
現在の日本は団地、マンション、戸建てなど空き家がたくさんあります。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、これまでとは違った生活様式が求められています。そんな中、ストックされている空き家をいかに現代の住まい方に適応するか、ということに挑戦したく応募しました。
私たちが取り組んでいる事業の一つに “コンバータブル”という概念があります。“コンバータブル”というのは、Conversion[改造]とable[(~することが)できる]を掛け合わせた造語です。そのため、ただリノベーションをするのではなく、新しい価値、新しい住まい方、そして将来的な変化に柔軟に対応できるようにする、という意味を込めて“コンバータブル”と表現しています。
新型コロナウイルス感染症の影響もあって家の中で過ごす時間やテレワークなどのように自宅で仕事をすることが増えました。こういった社会的な状況からみても「ニコイチ」は新しい可能性を備えていると感じていますし、当社が提唱する“新しい価値、新しい住まい方”にも共鳴する点です。
私たちは今回のコンペで、団地の中で、いかに楽しんで暮らせるかに思考を巡らし提案しました。最終的には、テレワークや絵を描くこと、ヨガをしたり、子どもと遊んだり、住む人が自由に使える場所を設けるが、さきほどの将来的な時間の変化に柔軟に対応できる平面計画が重要だと考え、リビング(サンルーム)を様々な用途に使える空間として設計しました。それにより、以前は非日常だった日々の行為が日常的な暮らしの一部となることをイメージして設計しています。
今回の応募作品では「おもや」と「はなれ」の提案をされていますが、海外にもそのようなものがあるのでしょうか。
スペインでは、普段の家とは別に夏のセカンドハウスを所有しているのが一般的です。私が幼い頃は、夏の家に行くのがいつも楽しみでした。スペイン語に、心からワクワクする、心から楽しむを意味する“ilusión(イルシオン)”という言葉があります。今回の「ニコイチ」は、隣同士の住戸ですがバルコニーを通って、セカンドハウスに出かけるような”イルシオン”を感じてもらえたら嬉しいと考えました。
提案書より抜粋ニコイチプラン
団地には、どのようなイメージをもっていますか
団地や築年数の経過している空き家などの再生は、これからの日本にとって、考えていくべき重要なテーマのひとつだと思っています。団地や空き家にネガティブなイメージはなく、日本全体のひとつの資源であり、財産だと考えることが重要です。今回のコンペでは、「若い世代をターゲットにしよう!」というのが唱われており、まち全体のリフレッシュに取り組むコンセプトがとても良いと思いました。私たちのデザインの力がそこに貢献できるのであれば、嬉しい限りです。
敷地が広くて建物の周りに緑がたくさんある環境は、日本全体の団地の特徴だと感じています。特に茶山台B団地は、野鳥の声が耳に心地よく、空や遠くの山まで見通せる気持ちの良い住環境です。間取りも北側と南側に窓があり、風通しがすごく良く、室内も明るく感じます。シンプルで合理的な間取りであるため、コンバータブルなプランを実現しやすい点も魅力だと思います。
私たちは、パリで暮らしていたことがあって。ヨーロッパでは築100年、築250年の建物が多いので、築45年はまだまだ新しい方です(笑)。
その時、住んでいたのは築250年の建物でしたが、もちろんエレベーターはないので毎日、5階まで階段で昇り降りしていました。階段では、他の住人さんと会うことが頻繁にあり、日常的に挨拶を交わしていました。エレベーターだと他の住人さんと偶然会う機会が少ないように思います。こういった住人同士の何気ない日常の交流やコミュニティがこれからの日本社会で大事な意味を持ってくると思います。
お2人とも海外生活の経験がありますが、日本の住宅はどのように感じられていますか
日本の戸建住宅について思うのは、空間が少なく、窮屈に感じることです。廊下が多く壁で部屋を小さく区切っていることが多いため、ギュッと詰まっている感じがします。そのせいか家自体が小さい印象を持ってしまいます。
そのため、今回の「ニコイチ」のように大きく開けた空間の需要はあると思っています。小さく区切らず、広く使える空間の中に、生活の豊かさを感じられるのではないかと感じています。
私たちは、この「ニコイチ」というスタイルが、今後のプロトタイプのひとつになりえると考えています。新型コロナウイルス感染症で仕事の方法や生活スタイルが変化した現代は、住宅のあり方における転換期にあるとも思っています。
都市から郊外へ移り住む人々が増え、少子化で人口が減少しているなか都市に残された団地や空き家のストックはたくさんある状態です。隣り合う2つの住戸をセットにして広く快適に住めるようになれば住まい手にとっても、日本にとっても、そして大阪府住宅供給公社にとっても、良いことだと思います。
※プロトタイプ:原型、試作品
提案された間取りは、どのような暮らしをイメージされましたか
趣味が日常に彩りを添えるような暮らし、人々が心から楽しいと思える住まい方をイメージしました。二人で様々な案を出し合ってプランニングしました。例えば、広いスペースを中心に多彩な生活を楽しんでもらえるよう、縁側やサンルームにもなるリビングを設けています。家族で寛ぎながらゴロゴロしたり子どもと遊んだり、ヨガ教室、書道教室など、住まう方によって柔軟に使ってもらえます。
私の一番のお気に入りは、縁側やサンルームで遊ぶ子どもや家族を視界に入れながら仕事ができるホームオフィスの空間です。会社員の方のテレワークをはじめ自営業やフリーランスなど、自宅で仕事をする人々が増えています。子どもが小さいうちは、なかなか目が離せないこともあるので、目が届く範囲で遊ばせながら、仕事ができると安心だと思います。
私たちにも5歳の子どもがいるのですが、かつて住んでいた家には庭があり、よく庭で遊ばせていました。その様子をリビングから見ているのがとても幸せだったんです。そんな空間が家の中にあると良いなという思いから、縁側やサンルームになるようなリビングをプランニングしました。縁側の向こうに大きな窓があるので、山並みや空を眺めながら心地良く作業ができるようにホームオフィスのテーブルの位置も工夫しました。この場所が私たちの一番のおススメです!
家族で楽しむのも良いし、教室などをして団地に住まわれている方やママ友が通ってくれたりすると、団地の活性化にもつながります。このニコイチやリノベ50が地域のコミュニティの核になっていく。家族の趣味の部屋でもあり、地域の方の趣味の部屋にもなる。そうなるとニコイチどころか、サンコイチ、ヨンコイチみたいな可能性が広がります。そんな風に団地を活性化してくれる方が入ってきてくれると良いですね。
提案書より抜粋 ホームオフィス
こういった取り組みは、やはり“コンバータブル”につながります。ただ住むだけの団地、住まいではなくマルチユースな団地になっていくと、さらに団地に人々が住みたくなるのではないでしょうか。
プランニングで、こだわったことはなんですか
気持ちよく住むために広く感じることも大事だと思っています。最低限の間仕切りは必要ですが、視線が遠くまで抜けていき、空間がつながっていき広く感じられることが大事だと考えてプランニングしています。
間取りには便宜上、寝室や子ども部屋、ホームオフィス、リビング(サンルーム)といった表記をしていますが、住まわれるご家族のライフスタイルによって、表記した用途に限らず柔軟に使ってもらえるように、空間の自由度を高めた設計としています。
ニコイチ、リノベ50ともに、北側と南側の窓からの風通しや採光を活かせるよう、南北の縦のラインに収納やテーブルなどを配置しています。また、廊下のない設計なのでスペースに無駄がなく、空間が有効利用できるプランです。緩やかな区切りで広がりを感じながらも、全体的にフレシキブルに活動してもらえるのではないでしょうか。
うちの事務所は模型・CG作成による空間の検討に力をいれており、それぞれ異なる視点を持っていることが多いため、必ず立体で確認して2人でデザインを決めています。また、内装については素材・色合いのバランスをみて地中海的な木の素材やカラーを選んでいます。この点については、我々の感性が発揮できているデザインだといえます。過去のお客様もそこに共感いただき、とても喜んでもらっています。
今までの話の中にもあったように、私たちはこのコンペを通じて、家の中での過ごし方からはじまり、団地内のコミュニティの活性化や地域への貢献、もっと言えば日本における空き家問題の解消など幅広い視点で物事をとらえ、それを建築プランとデザインに反映させました。
今回の取り組みは、これからの団地の新しいモデルになると思っています。例えば、家族構成が変わっても住環境やコミュニティを変えることなく、団地内でこっちのお部屋からあっちのお部屋に引っ越せることができたら良いですよね。
結婚したばかりとか、子どもが小さいうちはリノベ50で、家族が増えて子ども部屋がほしくなったらニコイチに引っ越して、子どもが独立して夫婦だけになったら、またリノベ50に引っ越すなどのイメージです。それができれば、団地の価値が高まり、これからの社会でも団地に住みたいと希望する様々な世代の人々が集まってくるのではないでしょうか。
プロフィール
株式会社Yamamura SanzLavina Architecs
一級建築士 / 博士(建築学) / 日本建築学会会員
1984年 山形県生まれ
2002年-2006年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
2006年-2007年 ETSAB(バルセロナ建築大学)留学
2007年-2009年 早稲田大学理工学研究科建築学専攻修了
2009年-2012年 DFIフォルムデザイン一央 所属
2009年-2012年 早稲田大学創造理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了
2010年-2012年 早稲田大学理工学術院創造理工学研究科建築学専攻 専任助手
2012年-2015年 ドミニク・ペロー・アルシテクチュール(パリ)
2015年-2020年 早稲田大学理工学術院創造理工学研究科建築学専攻 専任講師
2016年- YSLA Architects 共同主宰
2017年- 佐賀県景観アドバイザー
2020年- 東京工芸大学工学部工学科建築コース 准教授
カタルーニャ建築家協会公認建築家 / 日本建築学会会員
1982年 スペイン・バレンシア生まれ
2000年-2007年 ETSAB(バルセロナ建築大学)卒業
2005年-2006年 IST (ポルトガル・リスボン工科大学) 留学
2008年-2018年 隈研吾建築都市設計事務所(東京、パリ)
2016年- YSLA Architects 共同主宰
2021年 中央大学理工学部非常勤講師。「環境デザイン」を担当
2021年12月 CASA ERI第八回埼玉県環境住宅賞入選
2021年10月 Lighthouseグッドデザイン賞2021受賞
2021年4月 山村が2021年日本建築学会奨励賞を受賞
2019年10月 Garden of Eden(スパイラルビル青山、東京)でTokyo Designart 2019にてBig Emotion(最優秀賞)を受賞
www.yamamurasanzlavina.com
info@y-sl.com
Instagram : ysla_architects